気ままに絵日記と水彩画を描いてます。 
 
 

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そのバラの花のために、暇つぶしをしたからだよ

生きている限り人は人と出会うし、また別れていく。

好きな人との出会いは、この上もなく楽しいけれど、
好きな人との別れは、この上もなく辛い。

僕も人並みには出会いと別れを繰り返してきたけれど、
何度繰り返しても出会いはそのつど刺激的だし、
別れはそのつど辛い。

きっとそのどちらにも慣れることはないのだろうな。

二つ前の記事にも書いたけれど、先日、本をたくさん捨てた。
そして本以外のものもたくさん捨てた。
着ない洋服や使わない雑貨。

今までなかなか捨てることができなかった
思い出のモノなんかも捨てた。
これは少し勇気がいることだった。

モノを捨てる過程で気づいたのは、
何かを捨てるってことは、
自分と対話することでもあるってこと。

捨てようとするたびに、執着や不安が顔をだす。

「これを本当に捨てていいの?」

そんな自分との対話。

それが思い出深いモノならなおさらだ。

もちろんモノを捨てたからといって、
思い出も一緒に捨ててしまうわけではないけれど、
人は忘れる生きものだから、
モノによってかすかにつなぎとめていた思いを、
それを捨ててしまうことで完全に忘れてしまうんじゃないか。
つながりを絶ってしまうんじゃないか。

それが怖い。
少なくとも僕はモノを捨てていく過程で、そういった怖さと何度も遭遇した。


サン・テグジュペリは
名著「星の王子さま」のなかで
キツネにこう語らせている。

「あんたが、あんたのバラの花をとても大切に思っているのはね、
 そのバラの花のために、暇つぶしをしたからだよ」


こちらは内藤濯氏の訳だが、
河野万里子氏は同じ場面を次のように訳している。

「きみのバラをかけがえのないものにしたのは、
 きみが、バラのために費やした時間だったんだ。」


人でもモノでも、それに費やした時間が多ければ多いほど、
思い出も深く、手放すのは難しい。

やっぱり捨てることはなかなか厄介な作業だ。


けれど、これは矛盾しているかもしれないけれど、
僕はモノを捨てたときに感じる
切ないような寂しいような
あの不思議な感覚が結構好きだ。


きっとナニかを捨てることによって、
そのモノが必要なくなった自分を知ることができて、
古い自分から脱皮できたような、
自分が成長したような、
新しい自分になれたような、
そんな気分にさせてくれるからかもしれない。

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